Friday, February 01, 2008

部族性

Oxfam がアフガニスタンに対する国際社会の対応を憂う、みたいな声明を出したせいか、同様の路線の記事が目立ってきたように思うのは気のせいか。

Economistの ”In the dark"(Jan 31st 2008)も、その一つのように思える。パクティア県、パクティカ県、ホスト県の強力な部族勢力をタリバンと区別して書いていたのは、珍しい。これらの県はISAFがコントロールできないと言っていたところだが、たいていメディアはこういうところをタリバン一色みたいに扱う。しかし、タリバンにとっても難しい地域であるとこの記事が書いているところを見ると、Economist はちゃんとした情報源を持っているのだろう。

タリバンの二大特色のように語られている宗教性と部族性(パシュトゥーン性?)を抜いてみると、混乱した時代の世直し運動みたいなものが残る。つまり、とてもローカルなもの、ある特定地域・国に限定しないと意味のないものだ。そのへんで、アル・カイダのような地球まるごとの変革を志向しているようなグループとは、少なくとも短期的にはギャップができる。このギャップにはとても大きな意味があると思うのだが、世界テロ戦争がそれを見えなくしてしまう。

しかし、6年間すったもんだしたすえに、ようやくそれがアフガニスタンに展開する各国軍にも明らかになってきたということなのだろう。世直しをもとめる一般民衆がタリバンしか求めるものがないという状況を打破しない限り、どうにもならないということがいろんな形で語られているだけのように思う。カルザイ個人はともかく彼の政権には一般民衆がもっとも嫌悪する人々が大挙して巣食っていた。これはカルザイにはとても大きなハンディキャップだが、それも国際社会のとんでもない勘違いの産物で、彼にはどうしようもなかっただろう。

タリバンに関するもっとも根本的な誤解は、タリバンを宗教性と部族性で特色付けることだろう。この二つは突き詰めれば根本的に相容れないものだ。宗教の普遍性に対して、部族の個別性はどこかで衝突せざるを得ない。イスラム教はそもそも砂漠の部族間抗争の混沌から目を覚ます役割を果たしていた、と井筒俊彦は書いていた。実際タリバン時代に仕事をしていたわれわれは、仕事相手の大臣がタジクだったり、コマンダーがハザラだったりしていたので、タリバンを部族性(パシュトゥーン性)でまとめるのはおかしいと感じていた。しかし、対立する相手が部族として固まっているわけだから、部族間抗争に見えたのもしょうがないかもしれない。

Economist の記事はこういうタリバンの非部族性としての部族性みたいなことを書いているので、よく見ている人がいるものだと思った。

No comments: