Friday, November 19, 1999

イスラム・コラム No.6 「No Win Situation」

JapanMailMedia 036F号から転載。
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 ■ イスラム・コラム No.6  山本芳幸
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「No Win Situation」

 この一週間はとても長かった。

 今週から三週間休みをとって、今頃は南の島でのんびりして、その後は日本にも寄りたいと思っていたが、いったい僕の休みはどうなってしまったんだろう? なんか分からなくなってしまった。チケットは?ヴィザは?ホテルの予約は?休暇の許可は?ぜーんぶ、ロケットとともに吹っ飛んでしまった。誰もそんなこと かまっちゃいない。休暇前に負えるべき仕事がそのまんま溜まって机の上がぐちゃぐちゃで触る気がしない。

  いるはずでないオフィスで、オレ、休暇中なんだよ、と恩着せがましく言って見れば、オレもだよ、という言葉が帰ってくるだけ。なんなんだ、この「休暇」と いうのは。アフガニスタンから急遽、退散してきた職員でイスラマバードのオフィスはまた満員。去年のアメリカのミサイル攻撃の後のように、また当分仕事に ならないのではないだろうか。アフガニスタンの子供は今も寒い冬の中を裸足で駆け回り、泥水を飲んで生き長らえているのだろう。何も知らなければ良かっ た、と時々思う。

1.デッドライン、その後
 国連制裁のデッドライン直前にして、アフガニスタン、パキスタンが騒々しくなった。これについては、JMMの緊急リポートとMSNニュース&ジャーナル に既に書いたので、その後、新たに分かったこと、新たに起こったことを若干付け足しておこう。

●アフガニスタン・ニューヨーク
 まず、アフガニスタンのカンダハルでおきた反米・反国連のデモに参加したのは、数千人だとMSNには書いたが、新しく入った情報によると約5万人という ことだ。前日の呼びかけでこれだけ集まるとは。その後、予想通り、アフガン人の国連制裁抗議デモは、各地に広がった。東部のジャララバード、西部のヘラー ト、北西部のマザリ・シャリフ、首都のカブールで同様のデモが数千人規模で行われ、カブールではやはり国連事務所が襲撃され、侵入された。事務所の建物、 コンピュータ、車などが破壊された。カブール中心部の群衆を静止しようと、タリバン兵士は、空に向けて自動小銃を発砲したが、むだであった。西南部のファ ラにあるUNHCR事務所には火がつけられ、燃えてしまった。大規模なデモがジャララバードの国連事務所に迫っているという連絡が入った後、無線で連絡を とろうと頑張ったが、もう事務所から全員どこかへ退避したらしく、まったく応答がなかった。

 アフガン人のデモは、アメリカの星条旗とクリントン人形を焼きながら、「オサマ、万歳!」、「オサマは偉大なムスリムだ!」、「アメリカを殺れ!」、 「女たらしのクリントンを殺せ!」、「イスラム、万歳!」を叫びながら行進した。抗議デモをするアフガン人へのインタビューが新聞に出ていたが、国連制裁 を「残酷」と表現していた。

  国連制裁に対する抗議デモはアメリカでもあった。15日、ニューヨーク・イスラミック・センターがアメリカに住むアフガン人を組織して、ニューヨークの国 連本部前で国連のアフガニスタン制裁に抗議するデモを行った。このニューヨーク・イスラミック・センターは、タリバン擁護をする組織ではない。この組織を 代表して話をしたワヒーダ・ゼヒリ女史によると、国連(アメリカ)がたった一人の男(オサマ・ビン・ラディン)とトラブっているからといって、アフガニス タン全土を対象にした制裁をするのは適切ではない、国連はもっと他の方法を採用するべきだ、という意見らしい。

  この抗議デモとその暴発によるアフガニスタン内の国連施設の被害の後、タリバンと国連の間で、ちょっと妙な、あるいは滑稽なやりとりがあった。イスラマ バードの現地国連本部のまとめ役みたいな人がタリバンに国連の警備をもっと厳重にしてくれないと困ると申し入れた。アフガニスタンからの情報によると、タ リバン兵士は暴動を鎮圧するためにかなり奮闘したようなのだが、手を抜いていたんじゃないかといわんばかりの申し入れだったので、タリバンはむっとしたん ではないだろうか。そもそも国連が決議した制裁が引き金になって、こんなことになったんじゃないかと言いたいところだろうし。しかし、タリバンはそんなこ とは言わなかった。16日、ムッラー・オマールは全アフガン国民に呼びかけた。

 「アフガン人よ、忍耐と自制を示すのだ。もうデモ行進を止めよ、デモなど止めて、アッラーに祈るのだ、抑圧者に懲罰が下ることをアッラーに祈ろう!」

  オマールの言葉が功を奏したのかどうか分からないが、とりあえず抗議デモは終息した。国連はアメリカの操り人形ではないか、国連にはもう信用がないともオ マールは言っている。ともかくも、タリバンはアフガニスタン内にある国連事務所の警備を大幅に強化した。さて、誰が誰を何のために守っているのか、もうこ れを読んでいる人は分からないんじゃないだろうか。このやりとりを見て、国連はタリバンにほとんどガキのつかい程度の扱いしか受けていないと感じるのは僕 だけだろうか。国連の信用失墜はこんなところに現れるんだろう。

●イスラマバード
 イスラマバードのテロに関してはより詳細なことが分かった。
 テロはすべてロケット砲で行われた。(1)アメリカ大使館近くに駐車してあった国連ナンバーのランドクルーザー、(2)国連事務所が密集するサウジ・パ ク・タワーというビルの近くに駐車してあったランドクルーザー、(3)アメリカン・インフォーメーション・センターのすぐ近くにとめてあった国連ナンバー のパジェロ、これら三台の車に、ロケット・ランチャーが備え付けられ、リモート・コントロールで各ランチャーから二発ずつ発射された後、三台の車はいずれ も車に備え付けられた別の爆弾で爆破された。

  ターゲットにしたと思われるのは、アメリカ大使館、アメリカン・インフォーメーション・センター、サウジ・パク・タワー(国連)の三つ。WFP事務所にと めてあった職員の車に当たったロケットとState Bank of Pakistan の敷地内に落ちたロケットがどの車から発射されたものかはまだ特定できない。この二つは運悪く当たってしまっただけでターゲットになっていなかったよう だ。ということは、ターゲットにパキスタン政府(ムシャラフ政権)は入ってなかったものとして見るべきだろう。

  現在、パキスタンとアメリカ両国がこのテロの背景を調べているが、まだ犯行者が誰なのかは分かっていない。パキスタンの秘密情報機関であるISIで 、1980年代後半、長官を勤めていたハミド・グル将軍の談話が地元の新聞に出ていた。ISIは、アメリカの援助を受けてソ連相手のジハードを戦うアフガ ン・ムジャヒディンをパキスタン側で指揮していた機関でもある。ハミド・グルは、今回のテロに使われたロケット・ランチャーを見て、こう言った。「これは 手製のランチャーだ。粗野だな。ロケット・ランチャーなんかマーケットで簡単に手に入るのに、なんでこんな粗野なランチャーを使ったんだろう?」思わず吹 き出しそうになる談話だが、これがパキスタンのリアリティだ。武器なんて簡単に手に入る。改造拳銃じゃなくて、ロケット・ランチャーのいいものが。

 誰がやったかということに関する詮索が関心をひくところだが、メディアで議論になっている、いくつかの可能性を整理すると次のようになる。

(1)「タリバンあるいはタリバンの指示で誰かががやった」
 現在の国連/アメリカとタリバンの間のやりとりの経緯から見て、この勘ぐりはナイーヴ過ぎるだろう。いきなり何の証拠もなしに、「タリバンに近い原理主 義勢力がやった可能性が高い」なんて書いていたのは、「客観報道」を建前にする日本の新聞だけで、各国メディアはこのへんについて、かなり慎重な伝え方をしていた。タリバンはなんとかして制裁を回避しようとしていろんな努力をしてきた。テロがあったのはそのデッドライン前である。今、テロをやったところで、墓穴を掘るだけでタリバンにとってはなんのメリットもない。

(2)「タリバンが行ったテロと見せかけて、タリバンをもっと孤立に追い込もうとする分子がやった」
 こういうパターンは国際政治ではよくあるので、否定できない。しかし、誰にとってそれはメリットがあるだろうか。国連がテロをやるとは考えられない。そ したら、アメリカか。CIAなら簡単にできるだろうが、冷戦、華やかりし頃ならまだしも、いまだにそんなことやってるだろうか。当然、それくらいのことやってるという意見もあれば、もうそんなちゃちな茶番はやらないという意見もある。

(3)「パキスタンの反ムシャラフ派がやった」
 パキスタンの治安が悪いという評判をまず立て、それに対してパキスタン現政権の強硬策を引き出し、ムシャラフ政権の評判を落とすことを狙ったという説 だ。これも考えられる話だ。ナワズ・シャリフ前首相の裁判がカラチで始まろうとしている矢先に関心をそらそうとしたとか、11月16日の借金返済の締め切 り後に始めるといわれている借金踏み倒し組の一切検挙の妨害工作の一端であるとか、パキスタンの内政上の動機についてはいくらでも出てくるので、それなりに説得力がある。

(4)「インドのRAW(情報機関)のしわざだ」
 パキスタンで何か悪いことが起きれば、必ずこの説が出てくる。さて、そうだとすると、今回のテロによってインドはどのようなメリットを狙ったのか。

  いずれにしても、まず「テロがあってもおかしくない」という状況があって、その通りテロが起こったか、あるいはその状況が利用されたわけだ。一般のパキス タン人はどう思っているだろうか。何人かに聞いてみたら、ことごとく、何をきいているんだ、このタコ、という怪訝な顔で返事が返ってきた。誰がやったと特 定するわけではないのだが、彼らに共通しているのは、パキスタンの情報関係が絡んでいるに決まっているじゃないか、という返事だった。

  ロケット・ランチャーというのは、粗末なものであろうと洗練されたものであろうと、ハンドバッグに入れて持ち運びできるようなしろものではない。かなりでかいのだ。そんなものを真昼間に運んで、かつ他人の車に仕掛けて、ロケットを発射するところまで、誰にも見つからずに大使館や国連の密集する最も警備の厳重な地域で、パキスタン政府内のなんらかの協力なしでできると思うのか、というのが彼らの返事だ。

  確かにそれはほとんど不可能であるように思える。では、ムシャラフがそんなことしたのか?いや、たぶんそうではないだろう、政府内の反ムシャラフ派が動いたのではないか、という言葉が返ってくる。それでは、上記の(3)のようなことなのか?と問えば、いや、タリバン系の悪事に見せかけるためにアメリカの CIAがパキスタン内の誰かを使ったのかもしれない・・・。このへんになると、もう憶測の憶測になってくる。現時点で得られる情報だけでは、これ以上なんとも言えない。

 ちなみに、ムシャラフはコメントを求められて、ほとんど絶句していた。

  「これは・・・・とても深刻だ」。

  彼の言葉はこれだけだった。タリバンの最高指導者ムッラー・モハメッド・オマールはテロの直後にこれを非難する声明を出している。オマールはこのテロをア フガニスタンとアメリカ/国連の間の緊張関係を煽る陰謀であり、かつ、アフガニスタンとパキスタンの友好関係にひび割れを入れようとする陰謀でもあると言 う。そして、我々は、どこで行われようと、どのような形態であろうと、いっさいのテロに反対する、と付け加えた。これはタリバンの従来からの方針で、これまでも再三、オマールはテロ行為を非難する声明を出してきた。

●もう一つのテロ
 実はもう一つテロがあった。それはタリバンを狙ったものだ。イスラマバードで6発のロケットが発射された12日の翌日、カブールでそれは起こった。13 日、タリバンの前情報・文化大臣で現在もタリバン高官であるアミール・カーン・ムタキは金曜日のお祈りをするため、ワジール・アクバル・カーンのモスクに 行った。予定より少し遅れてモスクから出てきたところで、モスクの前に止めてあった彼の車が運転手もろとも爆弾で吹っ飛ばされた。本人は助かった。14 日、タリバンは国際社会に下手人を逮捕するために協力して欲しいと訴えた。今のところなんの反応もない。

●踏み倒し組、逃げ切る(?)
 さて、パキスタンの借金返済デッドラインも16日にやってきた。駆け込み返済に対処するために、14日の日曜日は銀行もオープン、15、16日は閉店時 刻を5時から6時まで下げてぎりぎりまで頑張ったが、今日(17日)の朝刊によると、取り返した借金総額はどうやら60億ルピー程度だったらしい。まだ集 計が終わってないので、最終的には70億ルピーぐらいになるだろうということ。しかし、当初発表された踏み倒し総額、3560億ルピーの2%にも満たな い。今日、大口踏み倒し組の一斉検挙を開始したらしいので、明日の新聞には何か結果がでるでだろう。しかし、巨額な借金をして逃げ切ろうとしてる奴はもう とっくに海外に逃亡しているという記事も出ていたのであまり成果はないんじゃないだろうか。デッドラインより先にムシャラフ政権は、巨額踏み倒し組を公職追放するいう政策を打ち出したので、なおさらパキスタンに未練もなくパリやロンドンで優雅な余生を送ることに金満一族は決心しやすかったのではないだろうか。ムシャラフは犯罪人引渡し条約を活用してでも、パキスタンに引きずり戻すと言っているが、そもそも欧米先進国はムシャラフ政権を反デモクラティック政権とみなしているから、それも、うまくいかないような気がする。ムシャラフの前途は多難だ。

 先週、予想したとおり、暗いメールになってしまった。暗くなったついでに
"Terrorism and International Law" (『テロと国際法』)という本を見つけて買ってきた。南の島でテロの勉強でもしてみるか。もうヤケクソだな。

2.No Win Situation
 オサマ・ビン・ラディンをめぐってのアメリカ(そして国連)のタリバンに対する一連の対応、なかでも国連制裁とそれに対する抗議デモ、国連事務所の襲撃、そしてそれと関連するかもしれないイスラマバードでのテロ、この状況をBBCは、No Win Situation と表現していた。で、深い分析が続くのかと思ったが、看板倒れで中身はほとんどなかった。しかし、この看板だけ使わせてもらおう。

  ある政策を実施したとして、それによって影響を受ける社会の構成員全員が利益を得るなら、それはひとまずいい政策と呼べるだろう(1)。しかし、普通そん なにうまく行くことはあまりない。タバコなんて害しかないから、全世界禁止だと決めたとしても、タバコ屋が困る。歩道で逆立ちは禁止だと決めたとしても、 大道芸人が困るかもしれない。あちらを立てれば、こちらが立たずという状況が起きることが多い(2)。こういう時の解決に、立たない集団に補償をして一応 全員立ったことにするというのがある(2')。ゴミ収集はみんなのために役に立つ、ゴミ焼却場近辺に住む人以外は。そんな時は、ゴミ焼却場近辺の人に補償をして、ゴミ収集・焼却を実施するみたいに。次に、全員にとって利益があるわけでないが、補償なんてする必要もない状況があらわれるような政策の可能性もある。社会の少なくとも一人に利益があって、しかも他の誰にも不利益がないなら、その社会は少なくとも総体としては以前よりいい状態といえる(3:パレー ト改善)。もっとも、「一人だけいい思いをして!」と、恨みつらみが発生する可能性はあるのだが。
実施可能な政策を整理すると、

(1)全員:利益あり
(2)一部:利益あり、その他:不利益+補償
(3)一部:利益あり、その他:不利益なし
となる。

 これを外交に当てはめることもできる。アメリカとタリバンの関係に当てはめてみると、少し錯綜した状況がほぐれる、かもしれない。

  まず、言うまでもなく、アメリカは一貫してアメリカの利益(オサマ・ビン・ラディンの引渡し)を主張しているのだが、それがタリバンにとっても利益のある ものかどうかというと、まったくないので、アメリカの政策は(1)でも(3)でもない。オサマをアメリカに引き渡すことによって、タリバンはパシュトゥー ン族の掟を破り、かつイスラムの教えに叛くことになる。これは国内においても、イスラム圏においても、政治的自殺である。自殺(正統性を失い政権崩壊に至 る)だから、タリバンにとって、これ以上大きな不利益はない。そこで、アメリカは、タリバンが欲している政権承認をちらつかせて、その不利益を補償しよう としている。しかし、自殺してしまっては、政権を承認してもらってもしょうがないのだ。つまり、この補償は不利益を十分に補うことができない。そして、ア メリカは次の手として制裁という手段をとった。

 これはなんなのか?

 これは、もう一つ別種の不利益を持ちこみ、(2)との比較を迫っているということだ。具体的に書くと、a. 「オサマの引渡し+政治的自殺+政権承認」と、b. 「経済制裁+孤立化」の間で選択をしろとアメリカはタリバンに迫る。どうだ、b. の不利益を被るくらいなら、a. の不利益+補償を選択した方がましだろうということだ。

 非常にネガティブなアプローチだが、それはともかく、これはアメリカの計算違いに基づいていると思われる。この計算の基本的な考え方は、アメリカが相手 にとらしたい選択よりはるかに大きな不利益を押し付けて、その選択を採らざるを得なくするということだが、タリバンにとって、a. の選択肢はしつこいが自殺なのだ。もうそれを選択すればタリバンは存在そのものが消滅する。だから、それを上回る不利益など存在しない。すなわち、このネガティブ・アプローチは決して成功しない。

 ということは、このゲームはタリバンの勝ちか?いや、そうではないだろう。
アメリカは決して勝てないが、タリバンもその生命の維持の次に絶対に必要な政権としての承認を絶対得られないという立場に追い込まれている。つまり、勝者のいないゲームに、この両者は迷い込んだ。これは、No Win Situation だ。

 この状況を打開するには、どうすればよいのか。
 もう一度、(2)に戻ろう。アメリカのもっている切り札は政権承認だ。これがアメリカが与えることのできる最大の補償ということだ。この補償が効くため には、(2)の選択肢をとった場合の不利益が、その補償より小さくなければいけない。自殺は論外だ。つまり、オサマのアメリカへの引渡しという選択にアメ リカが固執するかぎり、この補償は効かない。つまり、タリバンを自殺させない範囲で、かつアメリカにとって最大の利益を引き出すような提案をアメリカが出 すことができれば、この問題はあっさり解決するだろう。オサマがアフガニスタンから出て行って最大の利益を得るのは、実はアメリカではなく、タリバンであ るということを考慮すれば、新しい提案ができるはずだ(あとは自分で考えろ!)。タリバンはオサマにアフガニスタンにいてほしいわけでは決してない。パ シュトゥーン族の掟を裏切らない、イスラムの教えを破らない、この二つを死守しなければいけないだけなのだ。

  だから、オサマ・ビン・ラディンがアフガニスタンを勝手に出て行くという形をタリバンは暗に提案したのだ。これなら、その後、オサマに何があっても(アメ リカに捕まっても!)、タリバンは自殺から救われる。しかし、アメリカはこれに乗らなかった。アメリカは状況を読み違えているのではないだろうか。この辺 の事情はイスラムの人にはよく分かるだろう。最近、サウジ・アラビア王室がオサマは脅威でもなんでもない、騒ぎすぎだと談話を出したのも、アメリカへの牽制のような感じに読める。

 アメリカがバカなら、アメリカにそそのかされて 勝者のいないゲームに飛び込んだ国連はもっとバカなのだろう。しかし、アメリカはいずれ軌道修正するのではないかと思う。国連はその時、アメリカが電撃的に中国と国交を回復した時の日本のようにあわてるだろうが、アメリカはそんなこと知ったこっちゃないだろう。

 11 月2日、アメリカ上院の南アジア外交小委員会で、ミルトン・ビアーデンが証言をした。彼はかつてスーダン、パキスタンのCIAのチーフを勤めていた。特に、ソ連相手のアフガン聖戦時にパキスタンに駐在したCIAのリーダーだったので、アフガニスタンの状況には詳しい。彼がまずパキスタンとの今後の付き合い方について証言した。彼は、ムシャラフはアメリカにとって非常に重要で強力な機会を提供するだろうと証言した。詳細は省くが、ムシャラフとうまくつき あっていくことがアメリカにとっての利益であるということを彼は力説していた。その後、アフガニスタンにも少し触れるのだが、そこで彼は、タリバンはアメリカと同じくらいオサマをアフガニスタンから出したがっている、アメリカ政府はタリバンとの対話を再開して(re-engage)、アフガンの文化と伝統を尊重していることを示すべきであると証言した。さらに、彼は、もし我々がアフガン人を挑発し、またミサイルで脅したりしたら、勝者はいないだろう、と忠告した。まったく、その通り!と僕は思わずはしゃぎたくなった。

 ミルトン・ビアーデンは、パキスタン、アフガニスタン、あるいはイスラム圏一般の感情や文脈、そこでの世界の見え方のようなものをよく理解しているのだろう。だからこそ、小委員会の証言に引っ張り出されたのだろうけど。

 そういう人をちゃんと見つけて連れてきて話をする機会を与えてみんなで聞く、そしてそこに引っ張ってこられた人も、世の趨勢とはまったく反対のことで も、国内文脈では絶対反発くらうようなことでもちゃんと話す、そういう意見の共有が制度的に保証されている、こういうところにアメリカの底力があるのを認 めざるを得ない。しばしば、バカではないかと思うようなことをするにも関わらず、こうやって自力で軌道修正する力をアメリカはまだ持っている。これは世界 にとって、ちょっと安心なことである。そういう能力を失った時、アメリカは人類の脅威になってしまうだろう。その時は、誰がアメリカを止めるのか、かなり気になるのだが、そんなこと気にしてるより、日本のミルトンは(いたとして!)、決して国会に呼ばれないし、呼ばれた人は台本通りにしか喋らないし(間違わずに読めたとして!)、誰もまともに聞いちゃいないし、聞いたところで誰も理解もできない、という日本の寒々しい状況を気に病むべきなのだ。
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山本芳幸(在イスラマバード)
・UN Coordinator's Office for Afghanistan / Programme Manager
 (国連アフガニスタン調整官事務所 / プログラム・マネージャー)
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