JapanMailMedia 039F号から転載。
1999年12月10日
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■ 『イスラム・コラム』 No.8 山本芳幸
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「パラダイス・ロスト」
太陽がまぶしい、ミニスカートがまぶしいバンコク。安心した顔の人達が歩く。物憂げながら優しい応対をする人達。外人に向けて矢のような視線が飛び交ってない街。
豊かな食材、素晴らしい調理法、年中良い気候、安い物価。そこに、バックパッカーがたむろする。地上のパラダイスで、彼らは何を求めているのだろうか? 苦労? それだけはここでは経験できないだろう。
ショッピング・モール前の、サッカーコートが2面くらいとれそうな広場が屋台で埋まっている。伝統的な屋台ではなく、観光客向けにモダナイズした屋台 群。歩くのに疲れて、席を一つとってビールを頼む。メニューを見たが、面倒くさいので適当に番号を読み上げると、生の小エビが様々な香辛料の元みたいな草 にまみれて出てきた。
屋台で生はやばいな、と思ったが、同時にそんな小賢しさに嫌悪が走り、ガサッとエビを草ごとつかみ、口に入れた。じゅっとエビの体液が飛び出て何種類かの草の香りと調味料にまじった。
一瞬、カッとした。一皿160円でこんなうまいもん食ってんのか、こいつらは! 生エビを噛み砕きながら、アフガニスタンを思い出してしまった。なんか涙腺が緩みそうになった。
アフガニスタンでは、配給された小麦粉で作ったパンと雑草を煮詰めてペーストにしたもの、彼らはそれだけを食っていた。ある村に行った時、今、肉をきら していて申し訳ないと何度も謝りながら、それをもてなしてくれたことがある。美味いと思ったので全部食った。今はそんなもてなしもできないかもしれない。 日本も参加している経済制裁をくらっているのだから。
数ヶ月ぶりに飲んだビールがすぐにまわってきた。広場にいくつか作られた野外ステージでタイの若者が何か歌っている。どこに行っても必ず聞こえるような、そんな曲。例えば、My heart will go on ~♪
モグラの糞みたいな音楽だ、なんて揶揄する気にはなれない。ありふれた風景にありふれた音楽が流れ、その中でありふれた若者達が酒を飲みエビを食べ喋くりまくっている。この一瞬の価値の大きさを考えると気が遠くなりそうだ。
この一瞬を夢見ることさえかなわない何十億という人が存在し、この一瞬のはるか手前で彼らは方向さえ定かでない争い事の中で、あるいはその後方で、モグラの糞も聞けずに死に続けている。
パラダイスの饗宴の中に時折、一際汚らしい格好をしたモンゴル顔の若者の集団を見かける。地元の人々に擦り寄るようでいて最も浮いている。彼らは日本人 だ。同じ東アジアのモンゴル族でも、台湾人、香港人、シンガポール人、韓国人は、こざっぱりした服装をしている。日本的にはそれは野暮ったいか、ダサい か、田舎臭いか、イケテナイか、なんかなのだろう。
よくは知らないが観察するところ、頭のてっぺんからつま先まで細心の注意を払った清潔な薄汚さ、それが日本のトレンドらしい。人は本当に貧乏な境遇に陥 ると「金がない」の一言が言えないものだ。余裕のある人に限って「金がない」なんて無神経に連発できる。敏感なタイの若者の中には、清潔な薄汚いファッ ションを薄汚い余裕と受け取る者もいるだろう。
清潔に貧困してみたい、安全に苦労してみたい、そんな日本の若者にはバンコクは最適な場所だ。そして、それは虫のいい話だという当たり前のことが分からなくなる。それがバックパッカーに漂う不遜さとなって現れる。
アジアの若者でごった返す広場に、日本の歌手やグループ(という言葉はもう使わないのだろうか? シンガー? ユニット?)の曲もごく当たり前のように 流れる。 CD屋の店頭に出ていたベスト10の1位はよくは知らないが日本人らしき名前だった。アジアには日本人が知らないほど日本が浸透している。かつてオクラ ホマで牛を飼っているアメリカ人がまったく知るわけもないほどアメリカが日本に浸透してしまったように。
アメリカ人は日本の音楽を聞いて、みんなアメリカのコピーじゃないかというが、日本人がアメリカものと日本ものをちゃんと聞き分ける程度に、アジアの若者はその二つを聞き分けている。
そして、日本ものそっくりな曲がアジア各国で再生産され、日本のアイドル(こういう言葉ももう使わないのか?)そっくりのメークアップや髪型がアジアの美少女のものとなり、彼女達がアジアのヒロインになっている。
このトレンドは東南アジア全域で国境に阻止されずに共有されている。そして、同じ情報がインド、パキスタン、アラブ諸国にまで衛星テレビによって到達し ている。パキスタンで見る衛星テレビの音楽番組のテレフォン・リクエスト・コーナーには、台湾からもバーレンからも若者達が拙い英語を駆使して電話をかけ てくる。
ポップ文化圏(とでも呼べばいいのか?)は、もたつく政治をあっさり突破して東シナ海から地中海までをひとくくりにしつつある。そして、その中で一種の 憧憬の対象となる発信地に日本がある。しかし、日本はこの大ポップ文化圏に気がついているだろうか。それを楽しんでいるだろうか。その外側でいまだに世界 は欧米と思っているのではないだろうか。
そんなところに自分の居場所を求めているとしたら、帝国主義陣営に居場所を求めて破綻した明治日本の二の舞になるのではないだろうか。
グローバリズムが新種の帝国主義と化すかどうか、我々は非常に危うい瞬間を目撃しようとしている。バンコクの新聞もシアトルのWTOに熱い視線を送っていた。今は昔、ウルグアイ・ラウンドの苦い経験を繰り返すまいと思っている国は多いはずだ。
はっきりしない記憶に頼って書くが、ウルグアイ・ラウンドでは、発展途上国の多くは討議内容を明瞭に理解しないまま決議にいたり、しかもその決議を遵守 するために必要な国内整備の費用は実現可能性がまったくないほど莫大であり、かつその決定を強力に推進した先進国側はそれを遵守していない、というのが僕 がこれまでに受け取っている印象だ。反論されれば、調べなおすしかないが。
グローバリズムを純粋に経済的に説明されれば、非常にポジティブな印象を持つが、世界のいびつな現状を考慮しないかのようなアメリカのグローバリズム喧伝は、ほとんど思想宣伝のように聞こえて違和感を持たざるを得ない。
もちろん、そんなことは世界各国はとっくに見ぬいていて、もはやアメリカにホイホイついていく国はほとんどなさそうなのは良い傾向だと思うが、さて日本の立場はどうなんだろうというと僕にはあまり分からない。
冷戦の終結がアメリカの道義的優越感を増幅したとしたら、とても危険なことだ。グローバリズムの安直な信仰も「西側の勝利」という総括が貢献しているだろう。あれは「東側の自滅」に過ぎなかったのではないか。それは「西側の勝利」とイコールではないだろう。
旧ユーゴスラビア及びルワンダに関しては国際戦犯裁判所が設けられているが、常設の国際戦犯裁判所を設置しようという動きがある。アメリカを含め欧米も総論では賛成なので、これはかなり実現性が高いと思われるのだが、今ネックになっているのは、やはりアメリカだ。
アメリカの言い分は簡単にまとめてしまうと、アメリカは自国が裁かれることだけは承認できないというのだ。そんなバカなことがあるだろうか。全世界が同じ土俵に立って一つの司法制度を作ろうとしている時に、一国だけ裁く側に回るが裁かれる側に回らないとは!
アメリカのこういう態度を見ているかぎり、アメリカの喧伝するグローバリズムも不審の目で見られるのもしかたないことなのだ。
グローバリズムがアメリカ一国の価値観が世界を覆うということなら、それは人類の存続にとっても自殺行為だ。多様性を維持していなければ、失敗しても取 り返しがつかない。しかし、アメリカ的価値観の世界制覇に鮮烈に抵抗している集団がいる。それがイスラムだ。僕はイスラムの内容に関してほぼ完全な無知 だ。
だから、その教義などを議論する資格はまったくない。が、彼らの自己の価値を堅持して頭をあげて背筋を伸ばして歩もうとする姿勢は、イスラム以外の全人類の将来にとっても重要なことだと思える。
バンコクの野外広場でアジアの若者達がごちゃまぜになって同じ音楽を聴き、タイ風にビールにアイスを入れて飲み、グループごとにはしゃぎながらも、グループ間では若干の緊張と節度を維持している、この風景はなかなかいいものだと思った。
大阪のビアガーデン的馴れ合いも、ニューヨークのクラブ的特権臭さも、ここでは無縁のものだ。とまどいが見え隠れするボロくずファッションの日本の若者 も今の日本に居場所が発見できず、今の日本そのものの世界での位置に疑問をもって、とりあえず日本では隠蔽されてしまった「貧困」や「苦労」を見学しにこ こに出てきたのかもしれない。
そんなものはなかなか見つからないだろうが、いきなりアフガニスタンにやってきて死んでもしょうがない。外へ出るパッションを実現した事実は何もしない日常より大きな価値がある。彼らはここで何かをつかむかもしれないし、つかまないかもしれない。
しかし、彼らのつかんで帰ったものに日本の未来が依存しているのは確かじゃないだろうか。もう日本人は日本で腐っていてはいけない。少しずつ足をのばし、やがて知の地平線の彼方に到達した日本人達が帰ってきて新しい日本を創りなおすしか、日本に未来はないではないか。
バンコクで流行のCDを一枚買った。 明日は日本に行こう。
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山本芳幸
・UN Coordinator's Office for Afghanistan (国連アフガニスタン調整官事務所)
・Programme Coordinator(計画調整官)
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