ボロ雑巾なんて書いた、その翌日、所長がドバイにMedVacされてしまった。不吉なことを書いてしまったのかなあ。(MedVac = Medical Evacuation)
その日の朝、人事担当官として5月に赴任して10日後に2週間の休みを取って娘のプレゼントしてくれたフランス旅行に出かけるという前代未聞の快挙を成し遂げたインド人のセングプタが走り回ってるので、どうしたの?ときくと、所長のMedVac の準備で忙しいということだった。
MedVac ?なんで?
自分の用事を済ませて所長の部屋に行くと、いつものように所長は黒いブーツを履いた両足を机の上に彫り投げてイスの背もたれを限界まで反り返らせて座りながら、セングプタともう一人のインド人の話を聞いていた。
インド人二人を無視して、調子悪いの?と所長に聞くと、ちょっとはにかんだ笑みを見せて、低~い声で、あ~、う~、大丈夫だ、あ~、う~、とか言っている。
調子悪いもヘッタクレもないわな。もうずっと前からボロボロ雑巾状態だったのだから。それでも耐えてたのに、とうとう自白したとなると、相当危機ではないか。隣の部屋で副所長のおとぼけサンディがチョー深刻な顔をして電話でドバイの病院と連絡をとっていた。そしてインド人は和やかに談笑を続け、所長はあ~、う~、と言いながら、オフィス・チェアにのけぞったまま。
ふと現実感を失って、自分一人その場からいなくなって、この全体を眺めていた。なんなんだろう、この風景は?なんか変。三種類の空気がまったくかみ合ってない。確固とした虚構というフレーズが浮かんできた。まともな人間関係とはそういうもんなんだろう。とはいうものの、僕はどれにもあわせる気分じゃなく、それ以上何も考える気もなく、さっさと所長の部屋から出て行った。
ところで、もう一人のインド人というのがセングプタに負けず劣らずおもしろい。彼も新しく、6月に赴任したばかりの財務担当官で、来て早々、何を勘違いしたか、カースト制度を自分の周りのスタッフの中に築き始めて早くもアフガン人の叛乱の機運を盛り上げている。アフガニスタンとインドは永久に折り合えないらしい。彼はカースト制度の頂点に立っているので、僕は彼を密かにバラモンと呼んでいる。
しかし、インド人というのは着々と仕事をする人種だなと思う。日本人のように明らかなオーバーワークなんて絶対インド人には考えられないけど、それでも怠けているわけでもない。やることはちゃんとしてる。それに書く英語がしっかりしてる。連絡事項なんか意味の明瞭な英語でちゃんと回してる。当たり前ではないかと思うかもしれないけど、子どもの落書きか電報のような英語しか書けない欧米系の人が少なくない現実の中ではそんなことでも感心してしまう。インド人が国連業界の中ではびこるのも理由があってのことだと思った。
確かに、インド人はそんなに単語をぎっしり詰めて喋るなと言いたくなるくらい、話が長いし、ひとの話は聞かないし、大変なことは大変だけど、でもそんなのはインド人に限ったことではない。何国人でもそういうタイプの人はいるから、そういうのを敬遠してたら仕事にならない。やることだけやる人ならもう他のことはどうでもいいではないかと僕は思うのだけど、そう思わない人も多いだろう。そう言えば、日本でしんどかったのはその部分だったな。
バラモンが「みなさんカブールで銀行口座を開いてください、そしたらそこに現地手当を振り込みますよ」という通達を全職員にメールで送ってきた。そしたら、細かい返事のメールをまた全職員宛てに出すバカが続出して、そしてバラモンが張り切ってまた全職員宛てに返事を出して、もうなんとかしてくれ状態になってきたので、「もう分かったから、ホンモノのインドカレーを食わせろ」と全然関係ない返信をバラモン一人に送ったら、すぐにメニューを持って僕の部屋に現れたので驚いた。な、な、なんじゃ、こいつ?明日インド・カレーパーティをする。楽しみ。銀行口座の件がどうなったかは読まずに全部削除したので全然分からない。カレーを食べながら聞いてみよう。
Thursday, July 28, 2005
Wednesday, July 27, 2005
catastrophe /kətǽstrəfi/
━ 【名】【C】
Ⅰ
1 (突然の)大惨事; 大災害 (類語 ⇒disaster).
2 大きな不幸[不運, 災難].
Ⅱ
1 大失敗.
2 破滅, 破局.
3 (悲劇などの)大詰め, 結末.
Ⅲ 〔地質〕 (地殻などの)突然の大変動[激変].
語源
ギリシャ語「転覆」の意; 【形】 catastrophic
彼女が去って、僕の心の中にぽっかりと穴があいた、みたいな表現は誰がいつ頃、始めたのかな。明治時代の人がそんな言い方するのは想像できんな。夏目漱石はそんな表現使わなかったしな(と思う)。なんとなく大東亜戦争後のような気がする、なんとなく高度成長期後のような気もする。わからんな。
レーコが去って、ふとそんな言葉を思い出したけど、そんなこと言ってたやつがうらやましいという気がした。穴があくってことは土台はまだ健在で、そこに欠陥ができただけのことだから、たいしたことないじゃないかと。それにくらべて、レーコの剥奪はやっぱりカタストロフィとしか言いようがない。PCに入ってる辞書を見てみると、大惨事、大きな不幸、大失敗、破局、地殻の大変動・・・。なかなかぴったししてる。
ようやくレーコの身代わりの採用が完了した。三人の国際スタッフと三人のアフガン人スタッフ、それに元々いた国際スタッフ一人とアフガンスタッフ一人がいるから、数字上は8人でレーコ一人分をまかなうことになる。半年経ってレーコの三分の一くらいができれば大成功だろう。甘い見積もりのような気もするが。
カブールを去る前の日のレーコはほんとにボロ雑巾のようになっていた。アホなことに、僕はなんどもボロ雑巾という表現に感動していた。人間はその言葉通りボロ雑巾のようになるんだと、きっとそんなことになってる人間を見た人が「ボロ雑巾のように」という表現を使い始めたんだ、とまあ全然あてにもなんにもならないけど、僕は本気で考えていた。
もうすぐ所長が引退する。次の人も決まった。僕ならさっさと仕事の整理にかかってパッキングとか最後の買い物とかを考えそうな気がするが、この所長は最後の最後まで本気で仕事するつもりらしく、もうボロボロになっている。あまりに痛々しくて見てられない。次から次によけいな(と悪いけど、僕は思ってしまう)仕事を持ってくるし、一日も休まないし、朝の6時でも夜の12時でも平気で電話してきていきなり仕事の話を始めるし、生活すべてが仕事になってしまってる。彼のヨタヨタと歩くうしろ姿を見ると、なぜか僕は「ゲゲゲの鬼太郎」を思い出してしまう。ボロ雑巾という妖怪はいなかったかななんてのんきに考えてみる。
何が人をボロ雑巾にまでさせてしまうのだろうか、と考えながら、鏡の中でボロ雑巾を探して、ああ「ゲゲゲの鬼太郎」全巻読んでみたいと思う楽しい毎日。
Ⅰ
1 (突然の)大惨事; 大災害 (類語 ⇒disaster).
2 大きな不幸[不運, 災難].
Ⅱ
1 大失敗.
2 破滅, 破局.
3 (悲劇などの)大詰め, 結末.
Ⅲ 〔地質〕 (地殻などの)突然の大変動[激変].
語源
ギリシャ語「転覆」の意; 【形】 catastrophic
彼女が去って、僕の心の中にぽっかりと穴があいた、みたいな表現は誰がいつ頃、始めたのかな。明治時代の人がそんな言い方するのは想像できんな。夏目漱石はそんな表現使わなかったしな(と思う)。なんとなく大東亜戦争後のような気がする、なんとなく高度成長期後のような気もする。わからんな。
レーコが去って、ふとそんな言葉を思い出したけど、そんなこと言ってたやつがうらやましいという気がした。穴があくってことは土台はまだ健在で、そこに欠陥ができただけのことだから、たいしたことないじゃないかと。それにくらべて、レーコの剥奪はやっぱりカタストロフィとしか言いようがない。PCに入ってる辞書を見てみると、大惨事、大きな不幸、大失敗、破局、地殻の大変動・・・。なかなかぴったししてる。
ようやくレーコの身代わりの採用が完了した。三人の国際スタッフと三人のアフガン人スタッフ、それに元々いた国際スタッフ一人とアフガンスタッフ一人がいるから、数字上は8人でレーコ一人分をまかなうことになる。半年経ってレーコの三分の一くらいができれば大成功だろう。甘い見積もりのような気もするが。
カブールを去る前の日のレーコはほんとにボロ雑巾のようになっていた。アホなことに、僕はなんどもボロ雑巾という表現に感動していた。人間はその言葉通りボロ雑巾のようになるんだと、きっとそんなことになってる人間を見た人が「ボロ雑巾のように」という表現を使い始めたんだ、とまあ全然あてにもなんにもならないけど、僕は本気で考えていた。
もうすぐ所長が引退する。次の人も決まった。僕ならさっさと仕事の整理にかかってパッキングとか最後の買い物とかを考えそうな気がするが、この所長は最後の最後まで本気で仕事するつもりらしく、もうボロボロになっている。あまりに痛々しくて見てられない。次から次によけいな(と悪いけど、僕は思ってしまう)仕事を持ってくるし、一日も休まないし、朝の6時でも夜の12時でも平気で電話してきていきなり仕事の話を始めるし、生活すべてが仕事になってしまってる。彼のヨタヨタと歩くうしろ姿を見ると、なぜか僕は「ゲゲゲの鬼太郎」を思い出してしまう。ボロ雑巾という妖怪はいなかったかななんてのんきに考えてみる。
何が人をボロ雑巾にまでさせてしまうのだろうか、と考えながら、鏡の中でボロ雑巾を探して、ああ「ゲゲゲの鬼太郎」全巻読んでみたいと思う楽しい毎日。
Thursday, July 21, 2005
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