Saturday, January 29, 2005

携帯電話

雪でカブール空港は二日間発着ができなかったけど、昨日から再び飛行機が飛び始めた。
でも、まだカブールの雪がとけてなくなったわけではない。

今朝電話をしようと思ったら、もうクレジットがありませんというアナウンスが返ってきた。オフィスからもらった携帯電話は、プリペイド・カード方式なの で、払ったカード分のクレジットがなくなるとかけられなくなる。相変わらずというか、間が抜ているというか、当たり前というか、オフィスからはすべてのス タッフに一律同じ額のプリペイドカードが支給される。それがなくなったら、自分でプリペイド・カードを買って足さないと使えない。

スタッ フの業務はそのポジションによって全然違うし、当然電話の必要度もまったく違う。毎日NYに1時間は電話しないといけない人と、例えば2年間一度も業務で は外国に電話する必要のない人がいる。それでも、すべてのスタッフに一律同じ金額のプリペイド・カードを配り続ける。不幸なことに僕はたまたま前者のグ ループに属する。

普通の日本人ならアホではないかと思うだろう。普通の国連スタッフなら「アハハ、あり得る」で終わる。もうこういうこと に文句を言うのにみんなが疲れているので(言い出したら、こんなこといくらでも出てくるので、いったいどれから言えばいいのかも分からないだろう)、結 局、まぬけなこともずっとほったらかしで延々と続く。

朝、オフィスに行く途中にプリペイド・カードを買う必要があるとドライバーに言っ て、ぼーっと白いカブールの景色に見とれていたら、道沿いにプリペイド・カード売りの人たちがいっぱい並んでいるところに出てきた。プリペイド・カードを 買える場所は、携帯電話会社のオフィス、野菜やタバコを売っている屋台、そして、道端でプリペイド・カードだけを持って立ちんぼをしている人、の三種類に 大別できる。

今は減ったかもしれないけど、日本でも改造テレフォンカードを売るイラン人などがかつてたくさんいた。なぜ彼らの多くがイラ ン人だったのか知らないが、ともかくなんか「違法偽造」みたいなイメージがあるので、カード売りの立ちんぼをしている人からプリペイド・カードを買うとい うことはまったく想定していなかった。

ところが、ドライバーはスピードを落として立ちんぼの品定めをし始めた。あれ、この人たちから買 うってことだろうかと思っていると、やがて止まって立ちんぼの一人を指定している。当然、周りから別の立ちんぼもわさわさ寄って来て、売り込みを始める。 ドライバーは譲らず、自分の指定した人に話しかけている。

その立ちんぼは一本しか足がなかった。他の立ちんぼは足が二本あった。他のすべてにおいて、例えば、薄汚れてボロボロになった服、サイズの合わない靴からのぞく靴下をはいていない足、ホコリと車の排煙で黒くくすんだ顔、やせた身体などは、共通していた。

と もかく、僕はドライバーが指定した人からプリペイド・カードを買うことにして、100ドルのカードを一枚と頼んだ。ところが、その一本足の人も周りのわさ わさしている二本足の人たちも一瞬黙ってしまった。何かおかしなことを言ったのだろうかと思ったのとほぼ同時に、彼らがビニールの袋に一枚ずつ入れてぶら 下げているカードが視界に入り、あわてて50ドルと言い直した。どうして20ドルと言わなかったのか、10ドルと言わなかったのか、5ドルと言わなかった のか。分からない。

一本足の人が持っているプリペイド・カードはどれも1枚5ドルのカードだったのだ。国家公務員の月給がまだ40ドルの 国で100ドルと言えば、日本で言えば100万円を越える感じかもしれない。アフガン人で、プリペイド・カードに100ドル(あるいは100万円)使うバ カはいないのだ。

一本足の人が一瞬はにかんだ顔を見せた。周りのわさわさした人も誰も100ドルのカードを持っていない。よし、おれが探 して来てやる、とでも言ったと思うのだが、そのうちの一人が大きな声をあげて、少し離れた道路沿いに並んでいる立ちんぼ軍団に訊きはじめた。やがて、その うちの一人が何か応答をした。大声の立ちんぼは走ってカードを取りに行き、戻ってきた。

ほらっと得意気に車の窓からカードを差し出す。 20ドルのカードが2枚と10ドルのカードが1枚だった。彼らの商うカードは20ドルが最大なのだった。OK、といって僕はとにかくその3枚のカードを買 おうとした。そして、また新たな困難が発生するかもしれないことに気づいた。

僕は100ドル札しか持っていなかった。50ドルのおつりな んてあるだろうか。僕は恐る恐るドライバーにきいた。ドライバーの顔が曇ってしまった。申し訳ない気持ちでもうここで死んでしまいたいと思ったが、一応 走ってカードを取りに言ってくれた立ちんぼの人にこれしかないんだと100ドル札を見せると、また彼はすばやく振り向いてなにやら大声でわめく、するとど こからともなく50ドルが現れた。助かった。これで商談は成立したのだった。

そこを離れて雪まみれのランドクルーザーが動き始めると、ド ライバーは前を向いたまま独り言のようにカタコトの英語で話し始めた。「彼らはとても貧乏な人たちなんだ。携帯電話の会社はものすごく儲けている。とても 金持ちだ。あんなお店で買う必要はない」というようなことを言っていた。きっと立ちんぼの人はカードを一枚売っていくらかのコミッションをもらえるのだろ う。ほんの微々たるものだろうけど。ドライバーはなぜ一本足の人を指定したかは言わなかった。結局、彼から買わなかったことを思い出し、僕はひどい気分で オフィスに向かった。
            ↑オフィスから迎えに来た車。

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