Saturday, May 13, 2006

At the Breakfast Meeting

とても天気の良い朝、やっと冬が去ったのははっきりしてるけど、まだ夏の暑さまで少しある、春と呼ぶにはシャープな日差し。そんな日の朝。

「オーケー、ちょこっとbreakfast meeting で300万ドル。悪くないわね、そう思わない?」と言って、金髪の彼女は机の上の書類を片付けながら立ち上がり、こっちをちらっと見て、 いたずらっぽく ニッコリ笑った。僕は気分を害するどころか、そんな彼女の言葉、動作、表情の組み合わせに好感をもった。ジンメルなら、これだけでものすごく難しい論文を 書くだろう。イエスでもノーでもない、身をゆだねるのでも拒否でもない、所有でもない非所有でもない、が矛盾はどこにもない、みたいなことを延々と書い て、なんのことはない、なんとか女性特有の魅力をさす概念であるコケティッシュを解明しようとした彼の論文「コケットリー」を僕は思い出した。(『社会学 の根本問題(個人と社会)』に入ってる)

その朝、僕はあるドナー国の大使館で拠出金の交渉の最終段階の打ち合わせをしていた。簡単に言うとお金をもらいに行ったのだ。今、ものすごい財政危機で、 あと何日で100万ドル必要!みたいな計算を毎日やりながら、なんとかやりくりしているのだが、例えば来週までに1000万ドル下さいなんて言って、すん なりくれる国があるわけはない。拠出金の交渉は普通は1年以上前からちゃんとやらないと、それぞれの政府の事情があるわけだし、どうにもならない。

この日訪れた国とはすでに2400万ドルの交渉をやっていて、それがまとまりかけていたのだけど、あまりの金欠に同情して(?)、さらに追加して別予算から300万ドルほど回せる可能性があるという連絡があったので、その話を聞きに行っていたのだった。

こういう時に用意する書類(たいていはProposalと呼ばれている)のフォーマットは国によって異なっているが、そのフォーマットに埋め込まれている 論理構成に大した違いはない。面倒くさいので、細かいことは書かないけど、究極のゴールから個々の活動との間を結ぶ垂直の論理(例えば「桶屋を儲けさせ る」という究極のゴールのために「風を吹かせる」という活動を行うという論理的つながりを示す)と、垂直の論理の各段階を成立させる前提と垂直の論理を横 につなぐ、水平の論理と呼ばれるものを組み合わせてマトリックスを作り、そのマトリックスを一本の線に再構成したもの(すべての文章は線形なので)が フォーマットになっている。

良いproposalは簡単にマトリックスに再構成することができるが、ダメなのは再構成できない。このマトリックスをロジカル・フレームワーク(ログフ レ)と呼ぶのだけど、これは考える過程を補助する道具であって、提示するためのものではない。これをペタッと貼ってあるproposalもあるが、それは 別に飾りと思えばよいとしても、文章の内容を読むとまったくログフレと一致していなかったりして、それでは、わざわざこれは悪いproposalですよと 宣言しているようなものだ。形だけ先行して内容がついていってないということだけど、ありとあらゆるものが形だけで進むことを見慣れている日本人には大し た驚きでもないだろうと思う。いちいち小姑のように他人の作った文書に文句をつけてる時間もないので、見て見ぬふりをして通り過ぎるのだけど、いわゆる専 門家と呼ばれる人たちの文書の中にもそんなわけの分からないのは山とあるので、今勉強中の人や見習い中の人はおじける必要はないと思う。それでも生きてい ける。

しかし、どんなに普遍的に立派な文書を作ったところで、それだけでは現実にはまったく意味がない。個々の政府にはそれぞれの国内事情があり、それに合わせ た文書が必要なのだ。我々のような外部の者と政府の出先機関(外交使節)との間で合意ができた後、それぞれの首都での国内的攻防があるのが普通だ。各国内 部にお金を出そうとしている人(外務省とか)とお金を握り締めている人(財務省とか)がいるのだから、我々としてはいかに前者の援護射撃をうまくするかと いうことを考えないといけない。その朝、僕が訊きに行っていたのはそういう話だった。本国政府の担当者はどういう内容がお好みか、文章はどれくらいつっこ めばいいか、予算の詳細のレベルはどの辺におけばいいか、大雑把なのが好みかシンプルなのが好みか、というような話を15分ほどしたのだった。妥協できな いこちらの論理は維持するが、あとは人格のないライターになり切って徹底的に相手の好みに合わせる文書にする。そうやって、ちまちまとお金を集めているの でした。

そして、最後に彼女が言った言葉が「breakfast meeting で300万ドル。悪くないわね」だった。僕はアハハと笑いながら、立ち上がり、彼女と話をしていた間ずっと背中の暖かさが気になっていたので、うしろを振 り返った。壁はガラス張りになっていた。壁際は端から端までベンチのようになっていて、そこにカラフルなクッションがいくつか置いてある。クッションと クッションの間に鉢植えがポツン、ポツンと並び、明るい日差しがクッションのパステルカラーと鉢植えの緑に当たって反射している。アフガニスタンの砂色の イメージも、政府機関のドブ鼠色のイメージもそこにはなかった。彼女は自分の国をここに作っているのだろうか。もう一度、彼女の方を振り返ると、さっきは は気がつかなかったけど、明るい日差しが彼女の金髪と横顔にあたって光っていた。こういう効果もひょっとして計算に入っているのだろうかと思ったりしなが ら、僕は彼女が自分で作ってくれたお茶のお礼を言って、今後の連絡のために名刺を渡して、彼女の部屋から出た。最後に名刺交換なんて、日本とはまったく逆 だけど、肩書きで仕事をするほどえらい身分ではないので、ちゃんとコミュニケーションさえ成立し、話が進めば、名刺なんてどうでもいいのでした。そんなこ と言ってるから、僕はほとんどいつも名刺を忘れ続けているのだ。

建物の外に出ると、庭の芝生が日差しを反射してまぶしい。あらためて建物をふりかえってみると、とても質素だ。政府機関とは思えない。でも、ある種の趣味 が一貫して主張されているのを感じる。芝の向こうの、外界と敷地を隔てる外壁の方を見ると、外壁より高い外の並木が壁に沿って木陰を作っている・・・。そ れを見て、やっと気がついた。外交使節の建物にはお決まりの巨大な土嚢をここは積み上げてないではないか。軽い衝撃を門番のアフガン人にばれないように胸 の中に隠して、僕は敷地の外に出た。すぐに外壁に沿う並木を見てみた。やっぱり巨大土嚢の山はない。良い趣味という言葉を今朝はなんども頭の中で使ってい たが、これは趣味ではなく哲学ではないか。哲学のある国か。日本の哲学なんてことを考えると憂鬱になるので、それを頭の中から振り払った。迎えの車はまだ 来ていない。涼しい木陰の下で外壁にもたれて、タバコに火をつけた。地面には葉の形がくっきりとした影になって写っていた。葉と葉の間は砂がまぶしく光っ ている。今朝のほんの30分くらいの出来事を頭の中で僕はもう一度リプレイする。そして、そうだ、ジンメルではなく、アーウィン・ショーだ、彼の文体をま ねて、短編を書いてみたいとふと思った。

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