Saturday, May 20, 2006

ロンドンの雨

昨夜は酔っ払って、ぐっすり眠ったせいか、パチっと目が覚めた。まだ7時過ぎではないか。もっと寝ようかと思ったが、ロンドン最後の日なんだから、起きる ことにした。メールをチェックする。ダッダッダッダッダッダッダッダッダッダっとメールが受信箱の上から下へ動いて行く。気になるものをいくつか開けてみ る。なんてMessyなんだろう。カブールで留守番をしている優秀なアミールは当然孤軍奮闘し、怒りとため息の間でもだえ笑い狂ってるだろう。落ち込む。 遠くでできることは限られている。カブールに帰った時の対策の伏線として、いくつかメールを送った。

今日は、本屋をのぞいてみようと思っていた。ただ、その前に早急に一枚服を買う必要があった。ポロシャツとボタンダウンしかもって来ていなかったので寒くてしょうがなかったのだ。寒いロンドンをこの格好でうろうろするのは限界がある。だから、優先課題は服一枚だった。

9時頃に外に出たが、霧雨が風に舞っている。寒い。とにかくなんでもいいから何か服を買わないと凍ってしまいそうだ。あてもなく歩き始めたが、まだほとん どのお店が開いてないではないか。15分ほど歩いて、露出した僕の腕はもう凍ってきた。もう、だめだ、ホテルに戻るにはちょっと遠くに来過ぎた。どこか飛 び込めるお店はないかとあたりをキョロキョロ精力的に見回しながら、早歩きであてなく歩き続けると、サンドウィッチの「サブウェイ」が開いているのを発見 した。店内に入ったが、お客さんも従業員も誰もいない。まだ準備中なのか。

僕の気配をさっして奥の方から黒人のお姉さんが、ヨーッとか言いながら出てきた。
「もういいかな?」ってきくと、「オーケー」。どこまでも非イギリス的気さくさ。僕はメニューを見ながら、なんでも良かったのだが、「暖かいのはどれ?」ときくと、「全部暖かい」と言う。
イギリスの「サブウェイ」はみんな暖かいのか?まあ、どうでもいい。深く追求せず、イタリアン・クラブというのと、コーヒーを注文した。「寒いからチリをたくさん入れて欲しい」というと、ほんとにてんこ盛りに入れてくれた。

ガラス張りの壁にカウンターがついていたので、そこで僕は外を歩く人を見ながら、サンドウィッチをゆっくり食べた。お客さんは僕一人だ。黒人のお姉さんは また奥に引っ込んでなんか仕事している。誰かお客さんが入ってきたら、黒人のお姉さんに教えてあげないといけないなと思う。臨時店員になった気分で、責任 感に満ちてきた。

じっと外を見ていると、霧雨が風に翻弄されて、ふぁーっとあっちやこっちに方向を変えて舞っているのが良く分かる。やがて霧雨が大粒になり、一人前の雨に なった。もう確固とした意志をもって自分の行く先は自分で決められるとでも主張しているかのように、スパスパと地面を叩き始める。と思ったのもつかのま、 また雨は意志の弱い霧雨と化し、風の翻弄が始まる。

人々は、この変化を微妙につかまえて、霧雨になるとさっさと歩き始め、一人前の雨になると、さっとビルの陰に入ってつかのまの雨宿りをしている。そして、 また霧雨になると、素早く歩き始める。傘を持っている人は実に少ない。ロンドンの人はこうやって年がら年中雨とつきあっているのだろう。

雨になったからといって、一気に絶望する必要もなければ、霧雨になったからといって、小躍りして次回の落胆を増加させる必要もないのだ。ロンドンの雨は何百年にも渡って、心の深いところで人々に影響を与えてきたかもしれない、と思う。

* * *

ロンドン人のように雨の扱いに慣れていない僕は、結局、ずぶ濡れになり、寒さに凍え、あらゆる判断力を失い、今日限り一生着ることはないだろうすごい趣味 のセーターを一枚買って、その頃には本屋に行く気力など完全に失って、ホテルに帰ろうとしたが、もちろん、その頃にはもうどこを歩いているかさっぱり分か らなくなっており、ふとヴァージンが目に入ったので、そうだ、前から買おうと思っていたDaniel PowterのCDを買おう、という口実を捻出して、とりあえず店の中に入ったのだった。

アルファベット順におそろしく古いのから最新のまで差別せず、とりあえずあるもの全部並べてみましたという感じで並んでいるCD群を眺め始めて、いやはや 寒さを忘れて、顔がほころんでくるのを抑えることにしばらく気がつかなかった。僕を見ないふりして見ていた人は、僕のことをずぶ濡れになってCDをながめ てニタニタしている東洋の狂人と思っただろう。それにしても、Peter Green やJ.J. CaleやWet Willie が普通の顔して店頭に並んでるってのも不思議な気がしたが、日本でもヴァージンくらい巨大になるとこういうのは当たり前なのだろうか。

一番まじめに音楽を聞いた中学生の頃に聞いていたようなCDを何枚か買った。
1.1973年に出たByrdsのオリジナルメンバーによる録音の"Byrds"。これは実に名盤だと思う。Gene Clark, Chris Hillman, David Crosby, Roger McGuinn, Michael Clarke がメンバー。"See The Sky About to Rain" を聞くと、今でも中学校の正門から西に向かって田んぼの真ん中をまっすぐに進む道をはっきりと思い出す。サッカーの練習が終わってクタクタの気分と夕暮れ の景色は今日も終わった感に満ちていた。右を見ても左を見ても田んぼがずっと続き、前を見ると長い舗装した道が遠くに見える高層ビル群につながり、うしろ を振り返ると校舎だった。ウォークマンはなかったけど、頭の中では音楽がかかっていて、その時よく流れていたのが"See The Sky About to Rain" だった。その時、映画を作りたいと思ったのを今突然思い出した。

2. Peter Frampton の"Frampton Comes Alive"。二枚組みのライブ盤。ものすごくよく売れたレコードだったと思う。ピーター・フランプトンは泥臭いハンブル・パイというバンドを抜けて、い きなりこのアルバムでソロデビューしてアイドル・ロックシンガーになってしまった。僕はハンブル・パイが好きだったのだけど、そこでピーターなき後、泥臭 さ追求に専念していたスティーヴ・マリオットが、この16、17年後、僕がイギリスに行った時、まだ場末のライブハウスで頑張ってるのを知って驚いた。も ちろんロンドンのどこかへ彼のライブを見に行った。89年から90年だったと思う。彼は91年に亡くなった。

3. Focus "The Best of Hocus Pocus"。特に好きだったわけではないけど、あまりの懐かしさに買ってしまった。フルートがぴ~ひゃら入っていて、当時はプログレ・ロックという範疇 に入れられていたと思うが、今、聞いてみると、これぞポップスという音ではないか。皮肉なことにロックの大衆化でプログレッシヴだったのかもしれない。

4. Crowded House "Recurring Dream The Very Best of Crowded House"。これはそんなに古くない、と思う。20代に入ってから聞き始めたと思う。ただ好きな音で、また聞いてみたくなって買った。

5. Daniel Powter "Daniel Powter" 。彼のデビュー盤。Bad Day が爆発的ヒットになって、いろんなところで使われて、彼のことを知った。American IdolでもBad Day は落選した人のビデオを流す時に使ってる。Crowded House と、Daniel Powter を続けて聞いてみると、なんか似ている気がする。自分の趣味の範囲ということなのか。しかし、音楽の趣味といっても自覚的に説明できるほどのものもない し。

* * *

ヴィクトリア駅までタクシーで行き、そこから電車でガトウィック空港に行った。Swindon からロンドンまでと違って、電車の窓から見える景色が近代資本主義国家的に汚い。でも、隣に二人、前に一人、計三人の若い女性が座り、珍しくみんなそろっ てきれいだったので我慢することにした。ガトウィック空港駅に着き、ロンドン市内のATMで日本の円口座から引き出したポンドがたくさん余っていたので、 それをドルに両替した。少なくとも三つの銀行を数円ずつ儲けさせてしまった。無駄。

チェックインしてから、薬局でアルカセルツァー発見。20個入りのを4箱買った。カブールのPXでは長らく品切れ中で結構苦しんでいたので助かった。レストラン街に回転寿司があった。食べなかったから分からないけど、あまりおしそうには見えない。商売になるのだろうか。

EKのラウンジはとても広い。念のため書いておくと、ワイレスでインターネットに無料で繋がった。

ロンドンからドバイの機内で寝るつもりだったが、映画を三本続けて見てしまった。"Transporter 2"、"Lord of War"、"In Her Shoes"。三本ともこれまた珍しく見がいのある映画だった。ドバイには朝7時に着いたので、カブール行きの国連機の出発まで5時間、空港で人生を無駄 にした。

20 May 06 EK 010 C LGWDXB HK1 2115 0710+1

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