Thursday, May 18, 2006

美しき村

目が覚めるとまだ午前4時過ぎだった。
もう一度寝ようと思うが、そう簡単に眠れるものでもない。しばらく暗い部屋の中で何か考えることはないか考えていた。ろくでもないことしか頭に浮かんでこ ない。シャワーを浴びる時も部屋の外に出るわけだから、やはりきっちりした服を着て行かなければならないのか、シャワーを浴びた後またすぐに服を着て戻っ てくるのか、近頃髪の毛が茶色くなってきたのは歳のせいか、カブールのシャワー水のせいか、そんなこと。

今日は陽がさして、緑がとてもきれいだ。午前中に今後三年間のコスト計算を済ませて、ランチタイムにマットの運転でサンディと三人で、Defense Academy の敷地の外にサンドウィッチを買いに行った。サンディは休暇でイギリスに戻っていたのだが、その後に続けて、ここで二泊三日の仕事をするためにやってき た。マットはイギリス防衛庁の訓練プログラムを請負う25年契約を落札したばかりの大学の人。サンディは元々軍隊に30年間もいたので、ここは居心地良さ そうだ。ミリタリー経験のない僕とマットは、どうもしっくりいかない感が抜けない。

近所の村の中を通って、サンドウィッチ屋さんに行ったのだが、実にきれいな村だ。16世紀頃に立てられた家がそのまま残っている。そういう家の価値がもの すごく高いのだそうだ。新しい家でもとんでもなく場違いな建物は一軒もないし、道の両側に果てしなく広がる緑の草原や水平線まで黄色くなっている菜の花畑 のどこにも、風景をだいなしにするようなものがない。日本の美しい風景で悲しいのはどこに行っても、まったく場違いな清涼飲料水や家電の広告看板が立って いることだ。美しい一幅の絵に、噛み倒した後のチューインガムをなすり付けるような、あの感覚は訳が分からない。

時々藁葺き屋根の家があるのに気がついた。この藁、もしくは藁葺き屋根全体をthatch というらしい。Thacher 首相は藁葺き職人が先祖だったんだろうか。マットはこういう美しい村の風景がとても好きらしく、ロンドンに住みたくないと言っていた。マットでなくても、 そういう人がたくさんいるから、村に住んで、通勤時間が1時間とか1時間半でも我慢する人が多いのだそうだ。


(↑)Thatch の家。

こうやって地域全体の風景をぶち壊さないことによって得られるものはとても大きいと思う。個々の家の価格が上がることにマットは悲鳴を上げているが、村全 体の価値の上昇率は計り知れないと思う。どうすれば、こういうことが実現するのか?この資本主義の世界では看板立てるなって言っても、ちょろっと土地を貸 してお金になれば立ててしまうだろう。そういうことを制限する法律でもあるのかと訊いたら、サンディとマットは声をそろえて、「ある!」と断言した。景観 を守ることにイギリス人はとても敏感なのだと説明する。しつこくイギリス中どこでもそうなのかと訊くと、二人ともほとんどそうだと言う。ここがイギリスで 特別きれいなところではないかと、さらにしつこく訊いたら、もっときれいなところはいっぱいあると来たもんだ。

僕はだんだん元気がなくなってきた。近代化はイギリスを破壊しなかったんだな、とつぶやくと、サンディがすかさず「しなかった」と答えた。もっとも最初に 近代化を開始した国だからこその知恵なのか?景観をぶち壊すという痛い失敗をすでに繰り返した後なのか?全然分からないが、近代化と景観の関係の研究が あったら、いつか調べてみたいものだと思う。

19世紀末に日本にやってきた西欧人が残している書き物は必ず日本の美しさを絶賛しまくっているので、近代化の過程とそれに伴う資本主義の猛威が日本の景 色をここまで醜くして、日本人の美的感覚を狂わせてしまったのは、ほぼまちがいないと思うのだけど、それは21世紀の今になっても、なんとか近代化の入り 口に手をかけたような国の場合でも共通している。タイでもパキスタンでもアフガニスタンでも景色の美しさなんて巨大なお金の流れの前では吹き飛んでしまう のだ。パキスタン北部の勇壮で美しい山岳地帯にペプシの看板がポツンと立っているだけで、どれだけペプシの売り上げが上がるか知らないが、景色の破壊の大 きさは絶対的に大きい。

今日の食べ物が手に入るかどうか分からないような境遇で、景観がどうのこうの言ってられるかい、というのはよく分かる。それでも、こうやって遅れてやって きた国は、貧乏くじを引かされてるような気がしてならない。グローバリゼーションなんて音頭に乗って、キャッシュを追いかけた末に、少し長期的にやってく るのは、醜くボロボロになった国家じゃないんだろうか。美しい村の土地の価格は、醜い村の土地の価格よりずっと高くなるだろう。国家全体で景観を破壊した ら、その国家の価値はどんどん下がってしまうんじゃないだろうか。そして、それはさらなる貧困の原因とは考えられないのだろうか。貧乏は貧乏を招くしかな いのだろうか。

また日本に戻るけど、村興しなんて言って、どっちみち元の取れない産業振興策に莫大な税金を突っ込むくらいなら、景観を整える法律を作って、すでに醜く歪 んでしまった景色を少しずつ直すことにお金を使った方が、長期的には経済効果は高いんじゃないだろうか。どこか小さい村の村長になってみたいと、また空想 壁が出てきた。

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