Thursday, May 26, 2005

American Idol again

American Idol はカブール時間の午後8時に始まるので、昨日は7時半になってあわてて僕はオフィスを出た。10分でゲストハウスについて、冷凍のホワイト・アスパラガスとブラウン・マッシュルームを解凍して、スパゲティを11分間茹でて、スパゲティの入ったボールとアスパラガス・マッシュルーム・ソテーの入ったお皿とパルメザン・チーズとミネラル・ウォーターをテーブルに置いて、テレビの前に陣取った。

ヴォンジー(Vonzell Solomon をみんなそう呼ぶようになっていた)がいなくなって、僕にとってAmerican Idol の魅力は、もう半減していたのだが、それでも、最後まで見届けたかった。それにヴォンジーはこのコンテストとは関係なく、いずれプロのシンガーとしてデビューするだろうと思う。

アラバマ出身の29歳長髪完璧男のボー(Bo Bice。昨日はBoo って書いてしまったけど、Bo のまちがい)には、Southern Rocker というニックネームがつけられている。プライベート・ジェットで故郷のアラバマに帰った時は、なんとほんもののレイナード・スキナードの生き残りをバックに、Sweet Home Alabama を歌って、ぴったりはまっていた。先週はステージでは演奏なしで歌うという賭けにもで出て、そのあまりの正確無比な絶唱に審査員は圧倒されていた。彼には確かにgift があると思う。そして、何より彼は既にものすごい人気者になってしまった。ちゃらちゃらしていない米南部の男で素朴でしかもソフトだから、かなり射程範囲が広いと思う。

キャリー(Carrie Underwood)には、Country Girl というニックネームがつけられている。文字通り、オクラホマの田舎娘という意味と、音楽のジャンルのカントリーを歌わせると、もうどうしようもなくうまいという点をかけているのだろう。彼女もボーに負けず、ほんとに素朴さがにじみ出ている。考えてみると、ヴォンジーを入れて三人ともほんとに素朴な普通の人だった。こういう市井の中から才能が発掘される過程というのがおもしろい。

キャリーは、ボーの完璧さに比べると、時々弱く聞こえたりすることがある。nervous になりがちなのだ。審査員も時々それを指摘して、僕はキャリーはもっと早く脱落するかもしれないと思っていた。しかし、キャリーはいつもその緊張感を懸命に振り切って歌いきろうする。そして最後には出だしの若干の乱れを常に乗り切ってきた。そのプロセスにキャリーの一所懸命さとか真面目さがあふれてきて、たぶん結果的にはそれがキャリーの人気に繋がってきたのだろうと思う。しかし、今日の対戦相手はあまりに強敵だ。順当に行けば、キャリーに勝ち目はないだろうと僕は思っていた。

今日は、両者とも三曲ずつ歌う。ハリウッドの巨大なコンサート・ホールは3階席までぎっしり埋まっている。司会者、ボー、キャリーの三人がステージに現れると歓声がすでに爆音のように響き渡っていた。歌う順番を決めるために、司会者は一面がボーの顔、もう一面がキャリーの顔になっているコインを持ってきた。

司会者はそのコインをポーンとトスした。が、彼はそのコインを落してしまった。コインはころころとステージの上をころがり、なんと鉄格子のようなものがはまっているフロアーのところに行って、ステージの下に落ちていってしまった。司会者はあわてて鉄格子に指を突っ込もうとするが、指が入るわけがない。ステージのスタッフも何人か集まってきて、鉄格子ごと取り外そうとするがはずれない。

なんというマヌケな出だしだろう。初っ端から波乱の幕開けとなった。結局、トスはやりなおしとなり、ボーから歌うことになった。一曲目は両者とも、誰もほとんど知らないような地味な曲を指定されている。

コマーシャルが終わって、ボーの歌が始まった。
えっ?僕は自分の目と耳を疑った。あのボーがキーをハズシタ。ピッチが乱れている。どういうことなんだ?今までの彼にはありえなかった。う~む、オリンピックの決勝みたいだと僕は思った。信じられないが、あの完璧ミスなし男がミスした。明らかに緊張している。しかも、聞いている方が肩がこりそうな、ものすごく難しい歌だ。ボーが苦労しているのがテレビ画面からひしひしと伝わってくる。10万人のトップ0.002% というほぼ頂点に立った男でもこういうことがあるとは。

しかし、さすがにボーは後半はその歌をきっちり自分のものにしてうまくまとめていた。3人の審査員も一様にボーが乱れたことに驚いていた。審査員の一人はこの歌は嫌いだと言っていた。言いたいことは僕もよく分かった。ほんと分かりにくいメロディだった。でも、最後にはちゃんと持ち直したことも審査員は評価していた。

続いて、キャリーが登場した。あれ~~~っ!キャリーも同じミスで歌に突入してしまった。キーが定まらない。なんてこった。それにしても、誰だこんな難しい歌を作ったのは?キャリーも懸命に持ち直そうとする。不思議なことに、ミスをしたことのないボーに比べると、どちらかというと、ミスなれしているキャリーの方が落ち着いて処理しているように見える。そして、彼女も最後には、ちゃんとキャリーの歌として歌いきっていた。

やっと歌い終わったキャリーに司会者が近づいて何か訊いたが、キャリーの声は震えていた。一所懸命に涙をこらえている。失敗して悲しんでいるようには見えなかった。やっと一曲歌いきったという大事業に感極まったという感じだった。

審査員も3人とも同様にキャリーが一曲目のボーとまったく同じ経過を辿ったことを指摘していた。この曲は嫌いだと同じことを言っている審査員がいた。ものすごい接戦になってきたと言っている。しかし、毒舌審査員のサイモンは、第一ラウンドはキャリーの勝ちだと、あくまでも彼の評価だが、宣言していた。

二曲目は両者とも自分の選んだ曲を歌う。ボーはアップテンポのロックを選んだ。Southern Rocker の見せ所だ。もう場内騒然、拍手喝さい、雨あられ状態になってしまった。こういうのをやらせると、ボーは渋く、かっこよく、しかもちゃらちゃらせずに決めてしまう。完璧なパフォーマンスだった。

審査員はWelcome back ! と言っていた。一曲目は失敗だったけど、二曲目で本来のボーに戻ったからだ。もう言うことなし、素晴らし過ぎ、みたいな評価だった。

次はキャリーだ。キャリーは当然カントリーから曲を選んだ。キャリーの透き通るような声がカントリー節になって場内に満ちていくのを見ていると、すがすがしくなる。とても気持ちがいい。でも、やはりキャリーは緊張している。それがところどころでピッチを乱す。21歳の田舎娘と29歳の南部ロッカーの違いかもしれない。

それでも、審査員はキャリーにWelcome back ! と言っていた。キャリーもやはり一曲目の失敗を乗り越えて、二曲目で自分を取り戻していたのは明らかだった。でも、毒舌サイモンは第二ラウンドはボーの勝ちと言っていた。

この時点で、キャリーにはまず勝ち目がなくなってしまった。ボーが二回失敗するということは、まず考えられない。となると、キャリーは三曲目で差をつけられてしまう。キャリー危うしだ。

そして、三曲目、ボーの歌が始まった。一転して、今度はスローな歌。う~む、これはうますぎる。聴衆はうっとりして聞き入っている。いつものボーだ。歌が完全にボーのものになっている。予測された展開とは言え、やっぱり素晴らしい。この人はプロになるべき人なのだ。

審査員一同やっぱりボーだねって感じでほとんど言葉がない。そして、この半年に渡って続いてきた10万人の戦いの最後の歌をキャリーが歌う番が回ってきた。

だだっ広いステージの真ん中にキャリーが一人ポツンと立っている。すべてがのしかかってくる一瞬に、飛行機に乗ったことがなかった、牛馬の世話をしている21歳のCountry Girl が全米に中継されているテレビカメラの前で、たった一人で立っている。緊張なんて簡単なものじゃないだろうと思った。

たいてい薄汚れたジーンズにTシャツみたいな簡単な格好をしているキャリーが真っ黒のワンピースを着て、静かに歌い始めた。とんでもないミスをしても、僕はきっと驚かなかったと思う。むしろ、そんなことを予想してしまいがちで、僕はキャリーを見ながら緊張していた。

キャリーの歌は静かに静かに入って、しかし確実に少しずつ熱くなっていった。どこにもミスはない。キャリーの歌が完璧に続いていく。だんだんと事態の展開がいつもと違うと思い始めた。あの緊張ばっかりして、いつも涙をこらえていたキャリーが歌を完全に牛耳っていた。僕の両頬には鳥肌が立ってきた。すごい歌になってきた。いかん、僕の目に急速に涙がたまってきた。キャリーの歌はピークに入ってきた。ものすごい絶唱だ。なんてことだろう。キャリーは爆発したのだ。ステージの上はすごいことになってる。場内の異様な雰囲気がテレビ画面からも伝わってくる。もう、この世界はすべて私のものよ、と今キャリーが言っても誰も逆らえないだろう。こんなことになるなんて、いくら決勝だといっても、誰も予想していなかっただろう。歌を終えた時、キャリーは世界の支配者になっていた。

静寂が場内を覆った。審査員も場内もあっけにとられている。いったい何が起こったのか理解しかねているのだ。誰も言葉がない。ステージの上ではキャリーがまたいつものキャリーに戻って、今にも号泣しそうなのを一所懸命におさえ、きっちり両手を前でそろえて立っている。審査員のコメントを待っているのだ。そして、ようやく思い出したかのように場内からは圧倒的な歓声が地響きのようにわきあがってきた。

審査員にはほんとに文字通り言葉がなかったのだ。いつも一番手でしゃべる審査員の一人が、まったくお手上げといった感じでなんども首をふり、ワーオ、ワーオと独り言のように繰り返している。彼はようやく正気を取り戻したかのような観衆の大歓声の中で一人立ち上がって、拍手をしながら、まだワーオ、ワーオと言って首をなんども振っているだけで何も言えない。となりのポーラ・アブドルもただ放心したように首をふっているだけだ。最後の毒舌サイモンまで、もうまいったと言った顔で、一言、I should say you have done enough to win と言った。

今や、あのボーはどこかにふっとんでしまった。このキャリーの最後の一曲、この瞬間のキャリーを凌駕するシンガーはこの世に存在しないだろうと思った。そういう一瞬の中に神は存在するのだ、軽々しくディーヴァを連発するもんじゃないよ、ったく、と思うが、そんなことはどうでもいいか。

二人の歌が終わって4時間だけ全米から投票の電話がかかってくる。一人で何度でも投票できるし、すでに組織票という選挙みたいなことも始まっているようだから、結果はどうなるか分からない。結果がどうなろうと、才能あふれた女性カントリー・シンガーと男性ロック・シンガーがまた一人ずつアメリカに誕生したことに変わりはないだろう。

そして、この稀にみる才能の発掘はすべて10万人のお笑いに始まっていることに僕はあらためてアメリカの強さの根拠を見てしまう。そして同時に日本の弱さの根源がどこにあるかを。もし、あなたに子どもがいるなら、否定ではなく、まずは肯定から始めましょう。

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