Wednesday, May 25, 2005

Likable

今日は次男の誕生日だ。あれほど気になっていたにもかかわらず、一昨日の夜にはっと気がついた。こどもの日のプレゼントを注文する時に、結局まだ時間があると思って先延ばしにしたのがいけなかった。あわてて注文したが、25日中には着かなかっただろうな。
選んだのは、「ミッフィーのやわらかブロック」と「わくわくサウンドボール」。

今日は、American Idol の最終決戦の日だ。なんとなく見始めたテレビ番組だけど、これは実に興味深いし、アメリカという国の活力源の一面を象徴的に現しているように見える。

日本でいうと「スター誕生」のような番組なのだけど、もう何ヶ月にも渡って、審査員一行様が全米を渡り歩いている。それぞれの街でアメリカのアイドルになりたい人に片っ端から歌を歌ってもらうのだが、この段階が凄まじい。どう考えても、どう見ても、絶対どんな国のアイドルにもなれそうにない人がわんさとやってくる。その数、トータルで10万人。そして、そのほとんどがとんでもない歌を披露して、テレビを見ている人は爆笑で死にそうになり、3人の審査員は頭を抱えたり、腹筋をつかんだりして、耐えている。

毎週異なった街で行われるこのわけの分からないコンテストをみて、僕も最初はただゲラゲラ笑っていたのだが、だんだんなんか変だなあと思い始めた。それは何なのかはっきり分からないが、気がついたのは10万人のアメリカ人がことごとく自信満々だということだった。審査員は毒舌と言っていいほど、はっきり評価するのだが、それでも10万人の誰一人として懲りた様子がない。

あまりに有名な番組なので、自分が世間の笑い者になっているということも、知りたくなくても知れそうなものだが、そういうことを恐れているふうにもまったく見えない。なんなんだろう、これは。まったく周りが見えないバカなのか。10万人のバカ集団?

この奇妙な気分を感じる自分は日本人だなあとつくづく思う。この10万人には「世間」というコンセプトが存在しないということだろう。そして、完全に自分が自分の世界の主人公なのだ。

自分が卒業した高校の新聞に何か書いてくれと頼まれて、「いろんなことはまあ、どうでもいいから、自分の人生の主人公を目指したらどう?」みたいなことを書いたことあるけど、そんなふうに言葉で言えても、やはりこの10万人の主人公集団を目の前にすると、うわっ、なんか変と思ってしまうのだった。

そもそも僕が「自分の人生の主人公」なんてコンセプトをもてあそぶようになったのは、15,6年前にNYに住み始めた時だった。初めての外国の生活、というよりも初めての大阪以外の生活で、NYに住む人たちの態度というか、姿勢というか、全身から染み出ている何かに強烈な印象を持ったのだった。その頃のNYは今よりもずっと汚くて、身なりも挙動もほんとに変わった人がかなりウロウロしていて、僕はそういう人がいつか襲ってくるのではないかと最初の頃はかなり怯えていた。

ところが、そういう人たち-ホームレス系-が、明らかに見た目でアメリカ人と思えない僕に、話かけてきて、それがまた延々と続くのだった。ほんとに不思議な気分がしたものだ。誰に話しかけられてもほとんと何を言ってるのか分からなかったのだが、そのうちにいろんな人が話しかけてくる街だということに気がつき始めた。例えば、大きなコンドミニアムのドアマンが延々と僕に向かって、自分がいかに経済に詳しくて、株で儲けたり損したりしているかという話をする。この人にとって、僕はなんなのだろう?この人にとって、そんなことは眼中になくて、自分の世界しかないのではないかと思ったものだ。

日本なら、「ナリキリ野郎」というコンセプトが使えるが、NYの人はみんなそうではないかと思ったのだ。みんななんかになりきってる。自分の世界で。すべての人が現実の世界の主人公とかスターとかアイドルになれるわけではないのだから、少なくとも自分の世界だけでも、そうやって主人公になりきってた方が幸せなんだろう、いや、自分の世界でも自分が主人公でないなら、いったい自分の世界ってなんなんだ?と思い始めたのだった。日本にはそんなものはない、あるのは世間だけ、と言ってしまえばおしまいなのだけど。

American Idol に戻ると、10万人のうち、ほんの20人くらいがハリウッドで行われる決勝に残る。そして、この決勝に残った人たちがすごい、すご過ぎるのだ。もうそのままでそれぞれ昨日CD 100万枚売りましたと言っても、まったく不思議じゃないくらいレベルが高い。僕はここから一人に絞るのは不可能じゃないかと思った。

決勝戦からは毎週一人ずつ消えていくのだが、決勝戦では審査員に誰かを落す権限はなくて、コメントだけで、後はテレビの視聴者の投票で決まっていく。だから、毎週のパフォーマンスがとても重要になってくる。毎週、毎週、全米のテレビ視聴者の厳しい目にさらされて選ばれていくわけだから、もうすでにホントのアイドルと化していく。最後の3人になると、プライベート・ジェット機で故郷の街まで帰って、空港にはリムジンが待っていて、市長が出迎え、そして、1万人ものファンが待っていたりする。

そうやって故郷訪問みたいなイベントをはさんでまたハリウッドに戻ってきてコンテスタントは歌い続ける。決勝に残った人が10人くらいになってからは、みんなあまりに歌はうまいし、もう僕は誰がいいのかさっぱり分からなくってきた。しかし、10万人の集団をどんどんさばいていた頃に、すごいうまいなあと思った人に対しても、審査員はそれはカラオケかとか、場末のバーのシンガーかとかボロクソに言っていた意味が少し理解できるようになってきた。決勝集団はそんなレベルをはるかに超えてしまってる。

ただ単にぼやーっとテレビの前でねそべって、その中で歌っている人を見ているだけで、涙が出そうになったことが何度もある。歌というのはこういうものなのかと思ってしまう。誰が歌っても同じ、なんてものじゃないのだ、と当たり前かもしれないがあらためて思った。

先週、最後に残った3人が歌ったのだが、これは苦しかった。その中の一人、Vonzell Solomon にAmerican Idol になって欲しいと、いつの頃からか僕は思い始めたのだが、後の二人、Carrie Underwood と Boo Bice もすごい。Carrie Underwood のことはよく覚えていた。まだ、10万人集団の中の一人だった頃、21歳の彼女はオクラホマの片田舎で住んでいて、牛とか馬の世話をしている。そして、ハリウッド行きが決まった時、飛行機に乗れる、乗ったことがなかったと言って大喜びしたところが、すごいさわやかな感じだった。金髪で美人でスタイルがよくて、好印象を与えて、歌がめちゃくちゃうまくて、どこを探しても欠点がない。

ところが、Boo Bice はそれの上を行っているかもしれない。まるで70年代のヒッピーみたいなストレートな長髪で29歳の今までいったい何やってたのかと思わせるのだが、彼にはミスというものがない。決勝ではいろんな条件の歌を歌わないといけないのだが、彼は絶対ミスをせず、あらゆるタイプの歌を完璧に自分ふうにアレンジして歌う。審査員も言っていたが、コンテスト全体がまるで彼のコンサートをしているような感じになってしまう。

この二人にVonzell Solomon は勝たなければいけなかった。最後に残った3人の中では彼女だけが黒人だった。毎週、会場には家族や親戚や友人がいっぱい応援に来ていて、カメラは必ず彼らを写すのだが、お父さんが真っ赤のスーツを着ていたりする。彼女はフロリダの郵便局で仕事をしていて、歌が好きで勝手に歌っていたそうだ。ところが、このうまさははんぱじゃなかった。僕は彼女の歌を聞いていて、なんどもじわーっとしてきた。ホィットニー・ヒューストンよりうまいんじゃないかと思う。でも、彼女には一つ欠点があって、時々emotional になって、よく聞けば、ほんの少しだけどキーをはずすことがある。でも、そうなってもいつも最後には持ち直す。彼女も美人だし、スタイル抜群だし、そのまま今でもアイドル状態なのだが、他の二人もコマネチみたいに完璧だし、僕は心配だった。

でも、ほぼ完璧な三人の中で、僕にはVonzell Solomon だけが何か特別に見えていた。なんと言えばいいのか分からないが、彼女が出てくると胸騒ぎがするというか、なんかそわそわしてしまうというか、Vonzell Solomon のまわりはいつもキラキラしているように見えたのだ。

先週、特別審査員がVonzell Solomon はとてもlikable だと言った。ああ、そうだ、それだと僕はひざを叩いた。他の審査員もきっと同じことを思っていたのだと思う。いつも罵るのが仕事みたいなサイモンという審査員も、あなたには likability factor がある、と続けた。

そうなのだ、彼女はとてもlikable なのだ。それに見ている人間はひきつけられてしまう。これこそ、スターとかアイドルだけが持っているものではないだろうか。

この胸さわぎは彼女のlikability が起こしていたのだ。この言葉は、なんとなく「好感」って訳してしまいそうだけど、僕はそんな生易しいものではないように思う。これはむしろ「恋」みたいなものだと思う。日本語の愛も恋も英和辞書的にはにlove 関連のフレーズになってしまうけど、それでは恋の微妙さが出てこない。likable を使えば、あの微妙さは可能じゃないだろうか。実際、僕は審査員たちはみんな僕と同じようにVonzell Solomon に恋をしていると思った。

でも、先週、その彼女が落ちてしまった。今日の夜は、Boo Bice とCarrie Underwood が壮絶な決勝戦を展開するだろう。

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