Thursday, January 12, 2006

キャビア

モニカから電話がかかってきた。要件は二つ。一つは頼まれたものをもってきたよ、ということ。休暇でイタリアに帰ったら、イタリアの歴史の本を買ってきて欲しいと頼んでいたのだった。

僕はいろんな国に帰る人に、おみやげをもし買うことができるなら本を買ってきて欲しいと頼んでいる。世界史みたいな本ではなく、個々の国の歴史の本なんて 商業的にメジャーな国でないと、どこでもすぐに手に入るものではない。日本にはたいていの国の歴史の本があるというかもしれないが、例えば、日本人が書い たアフガニスタン史の本なんて開いたことありますか?とても読めたものじゃない。

さて探すとしても、選ぶ基準さえ分からない。例えば、エチオピア史について良い本を選ぶというのは僕にはかなり難しいと思われる。だから、ある国の歴史の本は、その国の人に頼むのが一番だと思う。

但し、あんまり知らない国の場合は初心者向けというか、外国人向けガイドのようなもので十分だ。地理とか習慣とか制度とか政治体制とともに、歴史についてもちょこっと載っているでしょ。

以前、ミゲナにアルバニアの本を買ってきてもらったのだが、初心者向けガイドにもかかわらず、これが実におもしろい。例えば、6世紀前半のビザンチン帝国 の皇帝はアルバニア人だった、といっても「へーぇっ」てくらいかもしれないが、19世紀前半のエジプトの王様はアルバニア人で、彼がエジプトの近代化国家 の立役者だ、と聞けば「ほーっ」くらいにはなるのではないだろうか。エジプトだよ、エジプト。他にもいろいろありまっせぇ。

■ホロコースト時、オーストリア、セルビア、ギリシャから逃げ込んできたユダヤ人をイスラム教徒及びキリスト教徒のアルバニア人が救った。彼らの名前は今もイスラエルのヤド・ヴァシェム記念碑とワシントンDCのホロコースト記念館に残っている。

■18世紀前半のローマ法王クレメント7世はアルバニア人である。

■19世紀中ずっとルーマニア知事はアルバニア人であった。

■インドのタージ・マハールを建築したのはアルバニア人である。

■イスタンブールのブルー・モスクを設計したのはアルバニア人である。

■アレキサンダー大王の父親(そしてたぶん母親も)はアルバニア人である。

■そして、マザー・テレサはアルバニア人であった。

これくらい書けば、「ひぇーっ」くらいに変わらないかな。

ただし、おみやげというのはかなり面倒くさいものだから、真剣には頼まないようにしている。短い休暇に探す時間を取ってもらうのは大変気の毒だし、ほんの 少しでも荷物の重量は少なくしたいものだ。自分が年がら年中移動しているので、当然のようにおみやげを頼まれたらムカッとするのはよく分かる。だから、頼 むといっても、自国の空港の売店なんかでパッと手に入る程度に済むように気をつける。

モニカが買ってきてくれたのは、Marguerite Yourcenar の "Memoirs of Hadrinan" だ。これでしょ、欲しかったのは?と言われたが、実はよく覚えていない。いつか本の話が出たときに、何冊かモニカが紹介してくれ、この一冊を僕が選んだと いうことなのだと推察する。僕の記憶は途方もなく悪くなった。

モニカが電話をしてきたもう一つの用事は、ニアジが料理をするので晩飯を食べに来ないかということだった。ニアジが料理?と聞き返したが、ほんとにニアジ が料理するらしい。ニアジというのは、アゼルバイジャン人のとてもマッチョ系の男なのだ。サーモンとキャビアで何か作ると言っているらしい。できれば、何 も手をつけず、僕に料理させてくれないかなと一応言ってみた。もちろん、ニアジはそんなことゆるさないだろうが。モニカは激笑するのみだ。

モニカの家に到着したのは、僕が最後であった。食事の前にすでにワインが二本空になっていた。モニカにもらった本を袋から出すと、何っ、何っ?と皆の衆が 集まってくる。イタリア人のモーリッツォは、あーっ、これはいい本だと言い、フランス人のフランソワはすかさずへそ曲がりなことをいい、モーリッツォがま た言い返す。なんにせよ、よく知られた著者のよく知られた作品であるらしい。後で、著者の紹介文を読むと世界中で名声が確立した人ではないか。知らない方 が相当バカみたいだ。

家に帰って、本の裏表紙を読むと、"The Emperor Hadrian, aware of his demise is imminent, writes a long valedictory letter to Marcus Aurelius, his successor. The Emperor meditates on his past, describing his accession, military triumphs, love of poetry and music, and the philosophy that informed his powerful and far-flung rule. A work of superbly detailed research and sustained empathy, Memoirs of Hadrian captures the living spirit of the Emperor and of Ancient Rome." と書いてある。これはかなり興奮ものでしょ。そうか、僕は古代ローマ史について何か紹介してくれと頼んだのだな。なかなか良い本を選んでくれたみたいだ。

僕がついてすぐに、アーティチョークのパスタができあがり、サーモン料理に励むニアジを置き去りにして、モニカ、モーリッツォ、フランソワ、アメラビッチ、ケイ、そして僕の6人で食べ始めた。オリーブオイル漬けのアーティチョークだけで、あっさりしておいしい。

そして、いよいよサーモンが出来上がった。ニアジもキッチンから出てきて合流し、総勢7人。僕以外みんなUNHCRのスタッフだ。サーモンの丸太切りにホ ワイトソースがたっぷりかかっている。キャビアと言っていたが、イクラがホワイトソースにどばっと入っている。チョウザメが捕獲禁止で、今はキャビアが手 に入りにくくなっているのだ。イクラの軽い塩味とサーモンだけで、これもかなりおいしい。みかけによらず味は全体にさっぱり気味だ。

ワインとウォッカと水を交互に飲み、パンもポテトも食べずにお腹はいっぱいになってしまった。飲む席になると、ニアジ節連発で爆笑リズムになる。ニアジ節の合間をぬって他の者が話を切り込む。もたもたしているとなかなか入り口が見つからない。

国連機関はそれぞれ異なった文化を持っているが、UNHCRの連帯意識はかなり特徴的だと思う。こういう場ではそれが和気あいあい感となってうまく作用す るし、緊急時はダントツの機動力となってあらわれる。つまらないのは平常時だろう。おもしろいのは、緊急時に活躍するスタッフと平常時に活躍するスタッフ が異なることだ。余計なお世話かもしれないが、後者が権力をにぎるとUNHCRはつまらない組織になってしまうと思う。

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